波秦之子夫差
今太子不祿、早失侍御、今王欲立太子者、莫大乎波秦之子夫差、闔閭曰、夫愚而不仁、恐不能奉統於呉国。
今日読んだあたり
太子不禄 先日読んだ越絶書呉内伝では「天子稱崩、諸侯稱薨、大夫稱卒、士稱不祿」となってました。
ここでは太子に「不祿」を使ってます。
波秦之子夫差 「秦」がよくわかりません。衍字としている説もあります。
夫愚而不仁 「夫」のあとに「差」が抜け落ちていて「夫差愚而不仁」ではないか、という説もあります。でも「夫」を助字として読めないこともないと思います。
このあと伍子胥の台詞として「父死子代、經之明文」とあるので、やはり『呉越春秋』においては夫差は太子波の子として扱われていると読んだ方が素直かなあ…と思います。