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文献の最近のブログ記事

2014年4月22日

闕両城

越絶書

呉市者、春申君所造、闕両城以為市

「二つの城に門をかけ市となし 」と訳しましたが、「闕」を「門をかける」というように動詞として読んでいいのか、ちょっと分かりません。
動詞として読む場合は「欠ける」といった意味になりますが、それでは通じにくいので、とりあえずこうしておきました。



2014年4月 1日

越絶、呉越春秋

ツイッターで訳してる史料についての覚え書きです。

呉越春秋 闔閭内伝 孫子の台詞

既以約束、三令五申、卒不卻行、士之過也

ここの「卒」を三民書局の「新訳呉越春秋」では「ついに」という意味で読んでるようです。
ですが「そつ=兵士」の意味で訳しておきました。

 

越絶外伝記呉地

放山者、在莋碓山南。以取長之莋碓山下、故有郷名莋邑。

「取長之」がちょっと意味が分かりません。「長人」の間違いではないかという意見もあるようです。
おそらく原文がおかしいと思いますので、この三文字は飛ばして訳しています。



2014年3月22日

ペン入れ

140322.png

ペン入れに入っています。描けるところからぼちぼち。

今読んでる「越絶書」の呉の地理のところですが、ちょっと読みにくいです。
どうも、字か抜けてると思われたり、文章そのものがおかしいところが多いです。

「越語下」もかなり読みにくいのですが、こちらは韋昭の注がありますのでそれにしたがってなんとか読んでいます。
「越語上」はわりと読みやすかったので、「上」と「下」はもともと別の文で、別の人が書いたのだろうと思っています。



2014年3月19日

越絶外傳記呉地傳

本日Twitterで流した越絶書

原文はこうなってます

千里廬虛者、闔廬以鑄干將劍。歐冶僮女三百人。

「呉越春秋」の記載によると、干将は欧冶と師を同じくし、闔閭に捧げる剣を作ったときに、童男童女三百人にふいごで火をおこさせた、ということです。

「歐冶僮女三百人」は、これらのことを指していると思われますが、文章としては通じません。「歐冶」を衍字とする解釈もあるようです。おそらく、何らかの欠落があったと思われます。



2014年3月16日

越絶書の欠落

本日Twitterに流した「越絶書」の訳ですが、原文が

小城東西從武里面從小城北

となっています。

無理矢理訳してみましたが、意味が通じにくく、注釈書をあたったところ、どうやら欠落があるようです。

おそらく「東は~、西は~、南は~、北は~」みたいな文章だったのではないかと。
「面」は「南」の誤りではないか、ということでした。

参考資料
「新譯越絶書」劉建國校譯 黃俊郎校閲 1997 三民書局
「越絶書校釋」李步嘉校釋 2013 中華書局



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